「すきま」をつなぐこと
第9回産業論文コンクール 最優秀賞
(株)呉竹 三浦 詩織さん
「すきま」をつなぐこと
久しぶりに会った友人に、メーカーに就職したと報告した。営業職なの?それとも研究開発?商品企画?そのいずれでもないと告げたときの、彼女の怪訝な表情を覚えている。
総務部総務経理チーム。私の所属する部署である。モノづくりの最前線であるメーカーにありながら、モノづくりとの関連の中で捉えづらい職種であることは自覚している。実際、冒頭のようなやりとりは、配属後の数カ月足らずで何度も経験した。
そして私自身、メーカー、そしてモノづくりにおける自分の立ち位置について、何度か悩んだことがある。
入社後、2カ月に及ぶ研修期間の中で、自社製品を外部に売り込むという営業・マーケティング課題が与えられた。及び腰を奮い立たせ ながら飛び込み営業を重ね、試行錯誤の日々だった。しかし、数々の失敗の中で、拙い売り込みにも耳を傾けてくださる方々と出会った。 モノを、サービスを、エンドユーザーに届ける現場の声は、講義で学んできた知識にリアリティを与えてくれた。自社の製品が世に出ること、その流通の一部を担うことの責任が、初めて生々しい重みとして感じられた経験だった。
そのときには、配属部署の内定がすでに出ており、研修終了後には総務部に配属されるということを折にふれて伝えていた。外回りをしながらの営業活動が、部署を移らない限りこれっきりになる旨も、世間話の合間に挟んでいたように記憶している。
この機会に、しっかり現場の声を聞いていきなさい。各々言い回しは違ったが、およそこうした趣旨の助言を、方々でいただいた。そこでふと、これから配属される総務部と、数週間にわたって接してきた販売の現場との距離について考えさせられた。
そもそも、入社当初の希望は商品企画だった。自分自身で何かを生み出したいという思いは、多かれ少なかれメーカーを志望する上で、胸に抱くものではないだろうか。企画立案から関わった商品が、店頭に並び、自分を含めた消費者の手の届く場所に辿り着く。「モノづくり」と聞いて、真っ先に思い浮かぶ醍醐味に、私もまた少なからぬ憧れを持って、社会人としてのスタートを切った。
しかし、研修を受ける中で、徐々に志向に変化が生じた。もともと、裏方で全体を見渡すような位置取りをとることが多かったこともあり、同じように「縁の下の力持ち」として、細やかに気を配る総務部の仕事に関心を持った。自分の性質と照らしたときに、この部署で働くイメージが明確に描けたという点も、希望を固める一因となった。上司にもその旨を伝え、いよいよ配属決定という段になって、話は戻る。
原則として、総務部の業務は内勤のくくりに入る。当然、販売現場と接する機会はきわめて少ない。私が不安を覚えたのは、販売の現場から離れることで、「売る」という行為の苦労と尊さ、そして、そこに連なるモノづくりの本質からも、遠ざかってしまうのではないかということだった。
商品の立案をするわけでもない。開発に携わるわけでもない。営業や貿易業務という形で、モノを売るわけでもない。ならば、自分がメーカーに勤めているということ、モノをつくって売っているのだということを、どこで実感すればいいのだろうか。
それまでの希望を根底から曲げるほどには至らないものの、意識の片隅でその不安はぐずぐずと残っていた。
ギリギリまで悩んでいたことは傍目にも見て取れたようで、個別に面談の機会を設けていただいたこともあった。それを受けてのことだったのかもしれないが、いよいよ配属が通達されるというときに、上司からこんな言葉をかけられた。
「後工程はお客様という意識で、仕事に取り組んでください。」
業務を引き渡す際には、お客様と接する気持ちで、最高の仕上がりを意識すること。有名な格言であるが、恥ずかしながら私はこのとき初めて耳にした。そして、内勤の事務職に対しても、「工程」「お客様」といった単語が出されることに、素直に驚いたのを覚えている。
そして、実際に部署に配属されると、この言葉の重みはいっそう増した。
総務部は、とかく「すきま」の仕事の多い部署である。どこが請け負うべきか分からないが、誰かがやらなければならない、そういった業務が常に流れ込んでくる。
1年目の仕事の多くも、「すきま」から始まった。郵便物の受け取りと配布、コピー用紙の補充、受付の来客対応。あちこちを走り回る日々の中で、つい処理も単調になりがちだったが、折にふれて、「すきま」の重要性を痛感する瞬間があった。
例えば、郵便物を各部署に配布する。その際、たった1通でも分類を誤ると、その分受領が遅れ、仕入先への支払い対応が滞る。あるいは、受付の来客対応にしても、初めのうちは名前や要件をよく確認しないままに担当者につないでしまい、結局お客様をお待たせすることになってしまった。
「すきま」は「むだ」ではない。「間」という概念が日本文化を理解する上でのキーワードとなっているように、全体のバランスを保つ、重要な箇所である。ゆえに、機械的に埋めるだけでは立ち行かない。いかにつなぐかを常に考え、「すきま」のありようを日々研ぎ澄まして行く必要がある。
そうして「すきま」から企業、そして、それを取りまく市場を見渡すよう意識すると、少しずつだが、モノづくりや販売の流れが掴めるようになってきた。郵便一つとっても、情報量は多い。仕入先と取引先、見本市や商談会の案内、お客様からのご意見、ほんの少し気をつけて分類することで、各部署が取り組んでいる業務と、その業務が対象としている相手との関係性が透けて見える。
そうなると、電話や来客といった、異なる形でのコンタクトに対しても、自社との関係性を認識した上で対応ができるようになる。A社の方が来社されたのなら××部につなぐ、B社の方から電話がかかってきたのなら△△部につなぐ、というふうに、「すきま」でのふるまいが能動的に、かつ迅速化していく。
「すきま」がどこにでもあるということを鑑みると、ある意味、総務部の仕事は、あらゆる工程と連なり、その一部として機能しているといえる。見方一つ変えれば、最も多方面から、お客様とつながっている部署なのかもしれない。直接のやりとりこそないにせよ、いつの間にかお客様との関係を、徐々にではあるが、頭の中で描けるようになってきた。言い換えれば、「後工程」のそのさらに延長上にいるお客様を意識しながら、業務に取り組むことを学んだということでもある。そういう、字面通りの意味も、「後工程はお客様」の言から学んだことだった。
今でもときおり、商品企画や研究開発、営業の業務に関わる同期の話を聞くと、モノづくりと販売の前線で活躍する姿に、寂しさや羨望を感じることがある。そうしたときには、努めて自分の業務との関連を探すようにしている。○○社へはつい先日支払をした。□□社の方は受付にいらしたことがある。意識をすれば、いくらでもつながりは見つけられる。些細なつながりだが、それは紛れもなく、私がつないだ「すきま」であり、モノづくり、販売、そしてお客様へと連なる環の、小さいながらも欠かすことのできない一部である。
「メーカーの総務部所属です。毎日あちこちを走り回っています。」
ここ最近は、同窓会や旧知の友人と会う際に、近況報告としてこう言うことが多い。物理的にも会社内を動き回っていることが多いが、それ以上に、そこここの「すきま」に飛び込んで、業務の媒介をしているという意味を、密かに込めている。そうして1つずつ「すきま」をつないでいった先に、メーカーとして誇れるモノづくりと、お客様の喜びがあることを信じ、総務部という場所に、背筋を伸ばして立っていたい。