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人の心

第9回産業論文コンクール 優秀賞
GMB(株) 久山絢野さん

「人の心」

  ものづくりとは、全ての物事の根幹であると考える。

 人の想像力が「もの」を生み、人の手によって作られた「もの」が、人の手を介して「もの」を必要とする人に渡る。そのプロセスは、ものづくり工程の複雑さや精密さの中にあってごくシンプルであり、ものづくりとは、普段私たちが生活する上で必要不可欠な、会話という行動にも似ていると私は思う。ものづくりによって生み出された「もの」とは、それが生まれる過程で宿った、人の心ではないだろうか。

  大学在学中に就職活動を始めた際、数ある業種の中で、私がものづくり企業に目標を絞り、またそれに対して特別な感情を抱いたのには理由があった。

 私の父はものづくり企業で長年働いており、私自身、幼少時より父からものづくりの素晴らしさを聞かされていた事もあって、それに関われる業種を志望するのは自然な事だった。とは言え私は実際にものづくりの現場を見た事や体験した事はなかったので、知識がない分とにかく現場を見たいと思い、就職活動中はものづくり企業の選考を片っ端から受けた。選考の過程で工場見学をさせて頂いた事も多くあり、製造現場を見る度に、ものづくりに関わって働きたいという気持ちが強まっていったのを覚えている。そして一般事務職員としてGMBに内定を貰い、総務部に配属されて初めてGMBの製造現場を見て歩いた時の興奮もまた、今でも忘れない。

  私が配属された総務部は、直接製造に関わらないながら、製造現場に赴いたり、製造現場の方と連絡を取る事が頻繁にある。その代表的な例が「現場回り」だ。

 「現場回り」は、総務部の女性職員が日替わり交代で毎日製造現場全部署を歩いて回り、現場の方が提出する書類を回収したり、逆にこちらから、現場での作業時に必要な作業着や靴、書類を渡すという業務で、大体三~四十分で工場内を回り終える。現場回りのあいだに、製造現場の方と挨拶や会話を交わす事も多く、製造現場の生の声を聞く事が出来る。

 就職活動中に何度か工場見学をし、GMBに入社して現場回りをするうちに思った事がある。それまでに私が抱いていた製造現場のイメージと言えば、様々な機械がずらりと並んで製品を量産し、人間はあまりいないというものだった。しかし実際に製造現場を歩いてみるとどうだろう、確かに機械はたくさん並んでいるが、その間に機械よりももっとたくさんの人がいる。製造現場は、機械ではなく人によって動いている印象を受けた。それ程に製造現場は人の活気に溢れていた。

  ものづくりにテーマを絞ってこの論文を書くにつれ、製造現場とはいう事だけでなく、そもそも日本が「ものづくり大国」とまで称された所以はどこにあるのだろうかと考えるようになった。そこで、ものづくりと日本とを絡めて調べていると、興味深かった事柄がある。

 今、社会人として働いている比較的若い世代の人々に「あなたにとって仕事とは何か」と問うと、その回答はお金の為や自分の為等、主に生活を重視したものがほとんどを占めた。しかし、日本のものづくり産業を活性化に導く基盤となったと言われる1960~1970年代に、いわゆる働き盛りと呼ばれる年齢だった人々に同じ質問をすると、大半の人が「仕事は生き甲斐だ」と答えるのだと言う。

 もちろん、生活を第一に働く事は決して悪い事ではない。むしろ誰もが仕事を食べてゆく手段と考えているだろう。だがそれだけに留まらず、妥協せず納得のいく仕事をする、自分が作った製品を使ってくれる人に恥じないように製品を作るという信念を持って働いている人々が、日本には実際にいるという事だ。

 事実、戦後より日本は欧米やヨーロッパの諸国に比べ製造業の比率が高く、また、TV等のメディアでもよく耳にする「メイドインジャパン」という言葉は、日本の製品が高品質である事や高い安全性を誇る事を示す代名詞と言える。仕事を生き甲斐とし、ひたむきさや誇りを持った職人気質の人々なくして、日本はメイドインジャパンを掲げ、ものづくり大国となる事は出来なかったのではないか。

 例えば、道路を舗装する時。日本人は、仮に、着工する際にこれといって決まりがなかったとしても、まっすぐに舗装するのだと言う。舗装するのだから当然だろうと思うが、世界的に見るとどうもそうする国ばかりでは決してないらしい。「まっすぐに舗装する必要があるのか?」「走れればいいじゃないか」という考えの国も多い中、日本人は素直にまっすぐ舗装する。必要云々ではなく、ただそうしたい、そうしなければ気が済まないのだと。この話を聞き、私は、日本人のそういった考え方や行動を純粋に「日本人らしさ」と捉え、また日本人がそもそもDNAとして持つ繊細さや丁寧さ、勤勉さを象徴する例ではないかとも考えた。そうなれば、日本人の気質は元来ものづくりに向いているのかも知れない。

 海外メーカーの台頭や、製造拠点の海外移動、若者のものづくり離れによる後継者不足等、昨今のものづくり産業には厳しい風が吹いている。しかし売れ行きを伸ばしている海外製品も、その中身に使用している部品は日本製という事も多いのだそうだ。日本のものづくり産業が、何もないところ(ゼロ)から、世界に通用する「もの」を作り上げる源となっている事実をこれから社会に出て働く若者たちにもっと知って貰う事が出来たなら、その誇りを受け継ぐ人がきっと増えるだろうと思う。

 またそして、製品を製造するにあたって工場では機械化が進んでおり、最早機械が主流になりつつあるという話も耳にした。もちろん機械化する事は、人的ミスや人件費の大幅削減、納期短縮、製品の大量生産が可能と、メリットは多い。だが製品ひとつひとつに触れ、磨き、組み立て、箱に詰めるのは人だ。それを現場回りによって目の当たりにした時、製品に命を吹き込むのは機械には出来ない、人にしか成し得ない事なのだと思った。同時に、憧れであったものづくり企業に入社出来た喜びと、諦めずに就職活動をしてよかったという達成感があった。

 しかし、社会人になれたというゴールテープを切ったかに思えたが、次のスタートラインはすでに足元にあった。当然だが学生と社会人は全く違うもので、何もかもが初めての経験な上、総務部の業務は現場回りを含め非常に幅広い。目の回るような毎日の中、与えられた仕事をよく理解しないまま処理を進めてしまう事もあった。毎月の締日ともなれば、ようやくひとつの処理を終えても、一息つく間もなく次の処理へ移らなければとても間に合わない。ものづくり企業で働いている実感を噛みしめる余裕もない日々が続いた。

 だが、余裕がないからと言ってうつむきながら仕事をしたり、現場回りをしたりする訳にはいかない。GMB入社選考の際に受けた面接で、のちに私の上司となる方から「総務部は、製造現場の人々のお母さんのような存在、扇の要の役割。様々な業務があるけれど、総務部は製造現場の、縁の下の力持ちのようなものです」と言われた事を思い出したからだ。それが総務部としての役割なのだと気を引き締め直した。その為、現場回りをする時は特に意識して笑顔を心がけた。

 すると、ある時、製造現場の方が私を見かけて声をかけて下さった事があった。

 「あんたはいつも朗らかで、あんたを見ているとこっちまで元気になる」

 私は、製品を作る事も出来なければ、売る事も出来ない。しかし総務部として、その製品を作る人々を支える事なら出来るんだと感じた瞬間だった。人から見れば、この事は些細な出来事かも知れない。しかし今までは、入社して間もない自分に出来る事など何もないと思い込んでいたが、決してそうではなかったのだと私は思っている。

  仕事の現場では、皆それぞれに違った役割があり、それを果たす事で会社の役に立てる。

 それは私も当然の事として分かっているつもりだった。それまで私は単純に「総務部の業務をこなす事」としてその意味を捉えていたが、しかし実はそれよりもはるかに深い意味があったのだと学ぶ事が出来た。

 直接製品の製造に関わらなくとも、製品の元となる材料を調達する人から始まり、製品を設計する人、製品を作る人、出来上がった製品を梱包する人、出荷する人、輸送する人、売る人、買ってくれる人、全ての人に対して心を込めてサポートする事が私の役割である。

 機械に全てを委ねず、妥協なき人々の手をかけて製品を作る事は、「もの」そして、ものづくり産業そのものに心を宿すだろう。

 今後、自分の役割の範囲を更に広げられるよう努力し、GMB、そしてものづくり産業に貢献出来る人間となる事。それは今私の足元にある、新たなスタートラインである。

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