私たちの使命
第9回産業論文コンクール 努力賞
三笠産業(株) 片山文恵さん
私たちの使命
私は『日本』という国家に対して漠然とした危機感を持っている。これは私に限ったことではなく、私を含めた若年層一般に当てはまることだ。その要因は、バブル崩壊以降日本が抱えてきた数々の問題(景気後退、少子高齢化に伴う年金問題、就職氷河期、国内産業の空洞化、東日本大震災など)の時代を生きてきたことにあるのではないかと思う。実際私は、世情が少しずつ分かり始めた小学生の頃から『将来日本はどうなってしまうのだろう』という不安を感じていた。
この不安は社会に出てからより明確になった。様々なところで耳にする、『国内のパイは縮小の一途』や、『原料価格の上昇によって業績低下は免れない』、『市場の成熟により新しい価値の創造は非常に困難』などのマイナス発言。このような戦略失敗の言い訳としか思えない発言を耳にする度に、私は耳を塞ぎたくなる。そのような発言からいったい何が生まれるのか、悲壮感を煽っている暇があるのなら、その間に何か実りある行動を起こしてはどうか、と強く思う。
しかし逆に考えれば、このような時代に生まれ育ってきた私たち若者こそ、今の日本産業を改革するキーマンになることができるのではないか。その大きな理由が、『我々には既に潜在的なリスクマネジメントの意識が染みついている』という点である。「引っ込み思案だ」、「体当たり精神が足りん」とマイナス面ばかり取り上げられ、揶揄されてしまう私たちの世代だが、実は視点を変えるとこれは非常に大きな強みなのではないか。昨今の日本産業の脅威となりうるものは、もはや先進国に限らないだろう。つまり私たちはこれまでよりも多くのリスクを想定して戦略を立てなければならない。リスクを想定し、ヘッジし、競合よりも先にイノベーションを起こし市場イニシアチブを勝ち取ること、そしてそのサイクルを繰り返し、コンスタントなイノベーションを起こし続けることが、これからの日本産業が勝ち残るための必須条件である。そのため、リスクマネジメントの基盤を既に持つ若者は、時代のキーマンとしての素質を既に一つ習得していると言えるのである。
イノベーションを起こす人材となるためのファクターは、『リスク管理・マインド・実行』である。そこで、残りのファクターを習得するために私たち若者が実行すべきこと、そしてそこから期待できる産業効果を以下に論じる。
かつて世界のトップを走っていた日本企業であるが、現在は欧米企業はもちろん、韓国企業にまで厳しい戦いを強いられている。この結果を招いた要因は、先にも述べたように『コンスタントなイノベーション』の有無であると確信する。イノベーションとは企業の成長である。イノベーションを起こすことは非常に労力を要するものだが、これを一度でなく繰り返し起こすことで、企業は成長を続けられる。国内外に関わらず、成長企業と呼ばれる企業にはおしなべて疾走感が感じられる。これこそ社員一人一人が作り出しているイノベーションを起こすパワーなのだろう。では、活気、スピード感、集中力、少なくともこの三つを自信を持って「ある」と言える企業はどれだけあるだろうか。「ある」と言える会社員はどれだけいるだろうか。いつの間にか保身と私利私欲が思考を曇らせ、惰性的日常を送ってしまってはいないだろうか。私たち若者はこの現状を打破し、成長企業を創るための『ポジティブな連鎖』のきっかけにならなければならない。
その最大のキーワードは、『マネジメント意識を持つこと』と私は考える。マネジメントという言葉は社会に出たばかりの若者にとって縁遠い存在と感じがちだ。しかしその意識こそ日本の停滞した現状を生み出した一つの原因であり、現状を打破するために変えるべき意識である。
マネジメントには物事を広く俯瞰した戦略が必要だ。優先順位、環境、コスト、競合動向、時間軸、市場の潜在課題、広範な領域を見据えたビジョン、その他様々なものを様々な視点から危機感を持って考えるのである。マネジメントの意識を持つ者は動きながらでも常に考え続けている。マネジメントは一朝一夕に出来るようになるものではないが、マネジメント『意識』であれば私たち若者であっても実行可能である。
ではなぜ今、若者にマネジメント意識が必要であるのか。その理由は以下の二点である。
一つは先に述べたように、マネジメントには非常に多くの事柄を広く俯瞰した考えが必要であるという点にある。技術知識、プレゼン能力、創造的発想力、先見性、経営的知見など、非常に幅広い統合したスキルを身に付けてこそ、広く俯瞰した視点と考えを持った戦略を立てられるわけだが、これこそ若造が一朝一夕に出来るものではない。しかしこのような幅広いスキルは時間さえ経てば自然と身につくものでもない。多くのスキルを統合的に身に付けるためには、若い頃から様々なスキルを身に付けようという意識と努力が必要である。そのきっかけが『若い頃からマネジメント意識を持つ』ことなのである。マネジメントを行うため、常に一人称で物事を捉え、改善しようと努力していると、自然と自らに足りないスキルが何であるかが理解できる。そして自ら目的を持って様々なスキル習得に努めるようになる。この、自らの意思でマネジメントに必要なスキルを身に付けてゆくことこそ、今の日本産業界に不足していると言われるマネジメント人材の育成ではないのか。T字型人間、π字型人間の育成という言葉はこれまでもよく耳にしてきたが、リスクの予測が非常に難しくなった今日ではそれでは足りない。多くのスキル、すなわち専門性を持った人材の育成により競合国の一歩先をゆく戦略を立てることが、これからの日本産業には必要である。将来マネジメントを行う気概のある若者は、早いうちにマネジメントの思考回路を構築しておき、いざその立場に立った時に即戦力となることを目指すべきである。
二つ目の理由は、マネジメント意識を持つことによる自然なマインドの変化である。マネジメント意識を持つことで何事に対しても『当事者意識』が生まれるのである。私は今までにも度々、当事者意識の欠如による問題・課題の先送り、無視、悪化を目にしてきた。問題・課題に対してだけではない。プロジェクトや企画の推進に関しても同様のことが言える。当事者意識は改革を行う上で大変重要なファクターであり、これなくしては素晴らしい戦略も机上の空論に終わる。マネジメント意識から生まれる当事者意識はつまり、広く俯瞰した領域全てに対して当事者となるということを示す。そして全てにおいて自らが対策を考え、率先した行動が要求される。これは膨大な業務量であるが、それが大切なのである。膨大な業務を処理するためにはまず、優先順位が生まれる。それを基盤に綿密な計画が組まれ、その計画に合わせたスピーディな対策が生まれる。これは即ち、知らず知らずのうちに戦略を立てるスキルと、その時間軸に則って実行する練習となっているのである。若い頃からこのように戦略と実行のサイクルを自らのスタイルに取り入れていると、更なる効率化のため次第に様々な事柄に対しての仮説・予測を立てられるようになる。これが先見性であり、また将来的に顕在的なリスクマネジメント能力となる。仮説・予測を検証し、PDCAサイクルを回すことで、仮説は潜在的課題の本質に近づき、効率的かつ根本的・革新的な課題解決の効率化につながる。そしてそれが恐らく将来的にはイノベーションにつながると私は考える。
能力・知識の幅広い習得と、当事者意識から生まれる戦略思考と実行力が今、日本産業の発展のために私たちに必要とされている。私たちは一日も早く上記のような市場価値を持った人材となり、日本産業発展の一役を担うための努力をすべきである。そしてその結果として将来私たちの属する企業が生むであろう一つ一つのイノベーションが、広い視点では『国家としての』コンスタントなイノベーションとなり、疾走感を持った『成長国家』を生むことにつながるのである。
私たちは、危機感だけは十分に養ってきた。これは日本の若者特有の強みである。この危機感に起因するリスクマネジメント思考という強みを、今こそ本物のマネジメント思考に昇華させるべきだ。若いから、経験がないからと言って否定するのはナンセンス。実行するのは誰でも可能であり、リスクは老若男女誰にでも存在する。問題は、やるか、やらないか、なのである。自らのスキルと経験、そしてリスクを恐れぬ当事者意識と実行力を伴って、私たち若者がこれからの日本産業を担って行かねばならない。
大志という言葉はいつの間にか死語となってしまったらしいが、私は大志という言葉が好きだ。常に大志を持って仕事に取り組みたいと思う。まだ入社2年目であり、研修後、事業開発部という部署に配属されてからはまだ10カ月に満たない。それでも私は自らの大志を信じ、自らの役割を見つけながら世の中に貢献できる人材になりたいという気持ちで日々業務に従事している。そして将来は私と志を同じくする仲間と共に、ぬるま湯の中で茹で蛙となりつつある日本産業に改革を起こすことこそ私の夢である。