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伝統建築の復元から学ぶ物作り

第6回産業論文コンクール 努力賞
光洋サーモシステム(株) 向井 正行さん

第1章:奈良の地で復元される伝統建築
私達の会社がある奈良では平城京遷都1300年祭が開催されている。そのメイン会場の中心にあるのが大極殿であり、奈良時代の最も中心的な建築物であった。その建物が10年の歳月をかけ復元された。その他にも奈良では伝統建築の修理が相次いで行われている。今春には唐招提寺金堂の平成の大修理も完成したばかりである。
私達の会社周辺には建立されて千年を超える建築物があり、それら伝統建物からは文化的財産だけでなく、建築分野でも多くの技術が蓄積されており新たな発見もあるようだ。こういった伝統建築の中で大極殿の復元が行われた。その課程を知ることで物作りの基本となる技術やその伝承、そして新しい技術との融合など課題が見えてくるはずである。本稿では新旧の技術の融合や技術の継承について考察する。

第2章:大極殿の復元における進め方とは
大極殿の復元はどのように進められたのだろうか。第一に情報の収集・管理である。復元作業の中で発掘や過去の文献を元に構造などが専門家の分析により、あらゆる可能性の中から今の形が選択されたのである。例えば、建物の基礎に当たる基壇の構造である。その形状は発掘から概ね予測がつく。石材については文献や現存する建築物から推測される。しかし、その高さや石材をどのように積み上げていたか不明な点もあった。高さについては文献にある階段の段数などから想像できるそうだ。次にその高さから石材の積み方について協議され、現在の二段構造となった。このような課程を幾度も繰り返し、今の大極殿の形になったと聞く。こういった背景から現状の形には専門家の中でも賛否両論はあるようだが、多くの意見があることも復元という作業の中では大事なことなのだろう。
第二に復元における作業工程がある。建物の材料は木材である。現在は機械加工が主流で加工面はフラットな面となるが、復元という目的から昔の工具が使用された。柱や壁は一見平らに見えるが、よく見ると細かな削り跡があり雰囲気をかもし出している。現在のかんなは平面をフラットにする工具だが、当時のかんなは形を整えるためにあり、大まかな面を出す工具でしかなかった。また我々のように設備を製造する場合は図面があり、図面通りに加工された部材を組み立てることが主流だ。今回のような復元では、図面はあるがそれを実物大の図面になおし、それにあわせ部材を加工していくそうである。この違いは何か?それは私達のような設備を製造するには決まった材料・材質で決まった寸法の物を加工するが、今回の様な復元では大きな木材を使用するため定められた規格はなく木材それぞれに寸法があって、更には歪みという木材固有の特性もあり、このような工程が必要になる。
第三に新しい技術の融合がある。今回の復元に当たり、外観からは想像も付かないが、耐震対策として免震システムが用いられている。普通に見学しても気づかないが、よく見ると基礎と建物の床の間に少しの隙間がある。基壇は外見上の基礎であり、その中に隠された本当の基礎がある。その基礎に免震システムが施されている。1300年前には無かった技術だが、多くの人に見てもらう、貴重な文化財でもある大極殿であるからこそ必要な機構である。

第3章:伝統建築の復元から内容から学ぶべき物作りの考え方を考察する。
一つ目は情報の蓄積であ去の記録が乏しく、発掘や文献などから情報を入手し、あるべき姿を推測る手段で復元は進めら。に時間もかかる。私達の物作りを考える上で基本にあるものは「良い品質のものを安価で時間を掛けずに提供すること」、いわゆるQCDである。物作りをする上で過去のデータを元に新しいものを創造し、創造したものを実際の形にする手順が確実な手段だ。そんな中で記録がないとどうなるか、復元作業のように新しいものを創造する課程ではリスクを伴い、作業に時間を要する。創造されたものを形にする段階でも多くのデザインレビュー(DR)が必要となり時間を要する。時間はそのままコストに跳ね返ることとなる。では、私達の会社ではどうだろうか?データの蓄積は不完全だと考える。例えば、新しいことにチャレンジした時こそデータの蓄積の大きなチャンスだが、納期や工数の問題を理由に不十分なまま終わることがある。また一人一人の意識の問題もある。「これは新しい取り組み」という認識を持てば、設備能力を測定するという考えが芽生えるはずだ。データは技術の蓄積であり、人と共に重要な技術面での財産である。意識を高く持って業務に取り組むこと、そのような教育も重要だ。
二つ目は作業工程である。一見、大極殿の復元と私達の物作りの工程とは全く異なる課程であるが、学ぶべき点がある。例えば、かんなもその1つである。昔のかんなはあくまで形を導き出すものであり、大きな機械がない時代では必要不可欠な工具であった。現代の復元でも当時そのままの物を作りあげるという面では必要な工具である。また原寸サイズの図面を引き直すという工程も興味のある工程だ。必要な箇所に必要な工具や部材を使用しているか、必要な手段を適切に行っているのか、これらは物作りをする上で最も基本的なことである。私達の物作りの中で本当に適切な部分に適切な工具や部材、手段が使用されているだろうか。忙しさを理由にあるべき姿を逸脱していないか、反省すべき点は少なからずある。品質問題で人という問題が指摘される場合、手順を逸脱しているケースが多い。忙しいことを理由に確認すべき手間を省いていないか、その積み重ねが問題へ発展していくのである。また一手間を省いたため後工程でそれ以上の工数を要することもあるだろう。結局、一人一人の意識が大事である。しかし人間である以上絶対はない。だからこそ適切な工程を行うため、手間を省けなくする方法も検討し構築されなければならない。
三つ目は新旧の技術の融合である。大極殿の復元ではその重要性から免震システムという技術が導入された。私達の物作りを考える上でQCDと同様に重要なものがある。それは「顧客満足」である。会社は物を作り顧客に提供することで成り立っている。継続して使用して頂くには顧客との関係が重要であり、顧客に満足を提供することが必須である。そのためには流れの速い時代に乗り遅れず、更には一歩先を行く技術を提供することが必要である。その課程では当然品質を低下させてはならない。新しいことにチャレンジする勇気、それに加えて慎重に検討する姿勢も必要である。その課程では独断専行せず、少しでも多くの意見を取り込むことが重要である。仕事は人と人の関わり合いで成り立っている。普段からのコミュニケーションが大事であり、そのような環境であることが肝要である。意見のでる職場、意見を受け入れる職場環境を目指すべきであり、多くの意見が存在するという意味では復元課程と重なる部分である。
ここまで記載した内容は物作りの基本である。しかしながら、できていること、できていないことを冷静に判断し、できることを確実に対処していく事が重要である。そこには一人一人の意識の向上が必要であり、そういう教育や環境への配慮も行いつつ、頭ごなしにできないと言わず、高い志を持ちチャレンジしなければならない。

第4章:まとめ
私達の会社は奈良にある。奈良を支える企業でありたい。そのためには多種多様な事象から学ぶべきである。直接関係のないことでも学ぶべき事はある。本稿の内容はあくまで一例であり、事例は数え切れないほどあるはずだ。少しでも多くの技術者が視野を広く持ち、多くの知見を持つこと、そして深く物事を考えることが肝要である。それが個人の技量向上につながり、強いては会社・社会にとって大きな力になる。単に物事を見るだけや体験をして終わるのではなく、そこから学ぶことを心がける、それが私達に課せられた物作りの基礎である。個人の技量は個人の財産となり、会社発展への礎、会社や社会の力となる。私生活や趣味などを中心に自己研鑽に努めることが望ましく、それが知見拡張の第一歩である。是非、そのような考え方や環境作りに多くの方が取り組んでほしい。
私達は奈良という土地で働き生活をしている。平城京遷都1300年祭のメイン会場や大修理が完成した唐招提寺を訪れてみてはどうだろうか。古の趣にふけると共に新しい息吹も感じることができるだろう。奈良は日本の始まりの土地であり、その歴史にふれることは私達の地域のことを知る良い機会である。地域のことを知ることで奈良県の産業が発展することを期待すると共に、復元に携わった方々に敬意を表し、本稿の結びとする。              

以上

参考資料 ,参考文献
1)平常遷都1300年祭 URL:http://www.1300.jp/about/index.html
2)奈良文化財研修所 URL:http://www.nabunken.go.jp/site/daigoku.html
3)竹中工務店 URL:http://www.takenaka.co.jp/syaji/daiji/daijitop.html

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