ホーム > 産業論文コンクール > 過去の入賞論文 > 第3回産業論文コンクール(平成19年度) > 顧客志向の製品開発

顧客志向の製品開発

第3回産業論文コンクール 努力賞
光洋サーモシステム(株) 吉川 友紀さん

1.はじめに
世の中において、全ての企業が顧客志向の製品開発を目差していると言っても過言ではない。では顧客志向とは何か。顧客が望む物を提供すること、つまりカスタマーサティスファクションであると一言でまとめるのは容易である。
しかし実情はそう易々とはいかない。マーケターがいくら顧客志向を唱えようとも、企業内における様々な要因でそれが実現しないことは珍しくはない。例えノーベル賞ものの優れた技術開発に成功したとしても、それが顧客の真に望むものでなければ、その技術は全く意味を成さない。
携帯電話を想像していただきたい。「第三世代」と世間の携帯電話が称されるようになって暫く経つが、ワンセグやデジタルカメラ、音楽プレーヤー機能などの多機能を全て使いこなせているユーザーはどれだけ存在しているのだろうか。私自身、普段使用するのは電話、メール、インターネット機能ぐらいである。少し前に騒がれたGPS機能などほとんど使用したことがない。また携帯電話なのだから、電話機能だけで良いというユーザーも存在する。つまり多機能、高性能、最先端技術イコール顧客志向という訳ではないのである。企業からすれば新技術は大きなヒットを生む可能性があるため、それを製品に用いたくなるのは必定であるが、それが本当に顧客が必要としている機能か否かで顧客志向と矛盾が生じてしまう。
良いモノを作っていれば売れる時代は終わった。製品として良いモノを作るのは最早当たり前なのである。物は溢れ返り、飽和状態である。その中で他のライバル商品から抜きん出たヒット商品を生むのは、鉱山を掘り当てるほどに困難である。そのような状況下で真の顧客満足を得るためには、どのような製品開発を行なっていかなければならないのだろうか。

2.顧客情報の利用
市場調査やユーザーの声を聞かない企業はないだろう。アンケート調査やフォーカス・グループ・インタービューなど、様々な手法を用いて企業は顧客の声を取り入れようとする。しかしここで問題となってくるのが100%顧客の要望を実現することが顧客志向と言えるかということである。そもそも顧客は自分の真の要望を具体的に言葉に表すことが可能なのであろうか。
大手家電メーカーの松下が遠心力洗濯機の開発中に、ある消費者実験を行なった。実験用の洗濯機で、消費者には標準・弱洗い・スピーディーという3つの洗濯コースを隠したまま、どのコースを最も多く洗濯するのかをテストするものである。従来の消費者アンケートでは洗浄力への満足度は高く、布傷みに関する不満は出ていなかった。しかしその実験結果では最も洗浄力の高いメーカー推奨の標準がベストであると選択したのは実験に参加した15名中3名に過ぎず、11名は布傷みが少ないコースがベストであると選択した。(※1)つまりユーザー自身は洗浄力を最も重要な機能と認知しているが、実際のニーズは布傷み重視であったということである。このような実験結果からも分かるように、ユーザーから得られる言語情報がユーザーのニーズに直結するという訳ではないということである。企業はこのような顧客の真の声、顧客情報をいかに利用していくかを見極め、企業レベルで利用していくための製品開発組織を構築し、顧客のニーズを実現する技術力の育成していくことが必要とされる。

3.企業の開発体制
しかしこういった顧客志向を貫いていくことは重要であるが、近年それを裏切るかのような非常に耳に痛いニュースが世間を騒がせている。牛肉偽装事件や、賞味期限切れ商品の再出荷など、企業体質、倫理が問われるような問題である。技術力やブランド力というものは一朝一夕に養われる訳ではない。新規参入企業や中小企業においては往々にして、コストを下げ、低価格戦略という訴求方法しか取りえない場合が多い。そんな中で、もし上記のようなことを企業が行なった場合、消費者はそれが表沙汰にならない限り、その嘘に騙され続けることになる。消費者が製品に対して多くの選択肢を持っていようとも、その選択基準となる製品の情報は企業から与えられるものであり、そういった点では恒久的に弱者なのである。与えられる情報からでしか判断せざるを得ない状況の中では、上記のような倫理的に反する行いは決して許されない。

4.最後に
最近はリードユーザーを実際に製品開発のチームに加える企業も増えつつある。無論、生の声を取り入れるという点が重要なのであるが、消費者の目が常に企業に曝されるという点でも非常に重要なことであると考える。以前学生時代に電気屋でアルバイトをしていた際、指導係の方に「例えクレームが来て、お客様を怒らせてしまうようなことがあっても、誠心誠意対応すれば逆にそれがきっかけで私達に信頼を寄せて下さるかもしれません」と言われたことがある。義理や人情だけで物事は解決しないが、究極的にはどんな場面でも人と人とのやりとりである。我々にできる究極の顧客志向の製品開発、それは単純でもやはり一つ一つ誠意を込めて作る、それが第一用件なのかもしれない。

<参考文献>
※1 P.156 「顧客志向の新製品開発」川上智子 有斐閣 2005/8/6

このページの先頭へ