仕事と向き合う
第3回産業論文コンクール 努力賞
共同精版印刷(株) 丸山 理沙さん
印刷会社の営業部に所属して丸2年。私はこの2年間で何を学んだのだろう。
「営業マン」といえば、走り回って残業が多くてお客様にニコニコ、時にはペコペコしたりして数字を上げなければ肩身が狭くなっていって…と、とにかく大変な仕事だと思われがちである。もちろん私もそう思っていた中の1人。営業部に配属されたあの頃は、文字通り期待と不安でいっぱいだった。
そして実際に1人の上司の元で営業の仕事を始めた時、第一印象は「思ったよりも楽しい」だった。機械に向かうより、人間に向かう方がよっぽど楽だと思った。自分の言葉、思いが相手に通じるから。上司の営業活動を見ていたらとても楽しそうで、楽そうに見えた。お得意先での打ち合わせの際、上司は仕事の話はさっさと済ませて雑談をしていた。しかもそんなに堅苦しい敬語なんて使っていなかった。なんだ、適当に喋るだけでいいのか。何も知らない私は、単純にそう思った。
しかしそんな考えはほんの一瞬で消え去った。初めて1人でお得意先へ訪問した時である。相手はいつも上司が雑談をしていた方。上司は、もう慣れたお客様だから1人で行ってみろ、と私を送り出した。お客様の元へ向かう途中、私はずっと先方はいつも通り雑談をしてくれると思っていた。喋りすぎで上司を待たせてしまったら…なんて下らないことで悩んでいたくらいだ。それがいざ訪問してみたらどうだろう。私が1人だと気付くと、仕事の話だけでさっさと帰らされてしまった。ほんの1分程度の滞在時間で、椅子に座ることもなかった。私はそれから、自分は嫌われているのだと落ち込んでしまった。
何故、お客様は私と雑談をしてくれなかったのか。それは、私が「してくれるもの」だと思い込んでいたからである。会話は自分からしないと出来ない。私が何もしていないだけであった。私はずっと、上司は何も考えずにただただ喋っているだけだと思っていた。しかし本当は、長年のお付き合いで相手の性格を知り、数多くいるお客様の中でその人の好みを覚えそれについて調べ、それを自分から投げかけていた。だから今のような良好な関係が築けているのだろう。考えてみればすぐに分かることだった。20年のキャリアの上司に、数ヶ月の私が追いつけるはずがない。
それからは不安の連続だった。元々自分から会話を投げかけることが苦手だった私は、この仕事は向いていないと逃げかけていた。今考えると「そんなことで悩むなんて」と思うが、当時は体調にも影響が出るほどに悩んでいた。モチベーションの低下のせいで、上司から教えて貰った見積もり計算も、専門知識も全く頭に入らなかった。自分はこれからどうしたらいいのか、次の仕事はパソコンに向かう事務の方がいいか…と、今の仕事から逃げることばかり考えていた。たった数ヶ月で営業としての仕事を諦めかけていた。
そんな私の悩みが解消される出来事があった。同じ上司に同行して、新規のお得意先に訪問した時である。その日、上司のイメージが180度変わった。丁寧な言葉を遣い、真剣に打ち合わせをしていた。しかも、緊張しているような様子も見られた。今まで私が見て来た上司とは別人のようだった。「さすが」と思うと同時に私も最初はこうでないといけないのだと感じた。上司がどれだけだらだらと雑談しているように見えても、私はそれを最初から真似してはいけないのである。
相手を知ると同時に自分のことも知ってもらう。それが本当のコミュニケーションなのだと思う。自分だけがお客様のことを知っていても仕方がない。お互いがお互いを理解していないと距離は縮まらない。何事も一方通行ではうまくいかないのである。
それから異動などの関係でその上司から離れ、とうとう1人でお得意先を任される時が来た。私の場合短い期間で引継ぎを行ったので、お得意先に「私が担当です」ということを定着させるのにとても苦労した。第一印象が悪くならないように、自分に出来る精一杯の態度で接した。知識には限界があったが、笑顔を心がけることと相手の目を見て話すということだけは怠らなかった。それで誠意が伝わるだろうと思った。しかし大人社会は厳しいもので、私の精一杯の態度もすぐに蹴落とされた。私の態度が気に入らないとお得意先から言われ、強制的に担当を外されることがあった。人に好かれるというのは大変難しいことである。私にとっての「精一杯」はまだまだ大人社会には通じないものだった。
一連の出来事は、私をさらに不安にさせた。やっぱり向いていないのか…とマイナスにばかり考えていた。しかし、私の何が悪かったのか、今後どうしていけばいいのか上司からアドバイスを貰ったことで、プラスに考えることが出来た。周りの先輩方の言葉遣いを聞いて学ぶ。上司と同行し、どのようにお得意先と接しているか観察する。入社時に受けたようなマナー研修を再度受け、再確認する。私には積極性が足りなかった。積極的に動き、学び、吸収する。それは地味なことだったが、日々発見があり楽しかったし、反省させられることも多かった。一度プラスに考え出すと色々なことが上手くいくようになるもので、専門知識もどんどん頭に入るし、お客様とのコミュニケーションも取れ、少しずつ雑談が出来るようになっていった。しかし、そうなって来たのもつい最近の話。丸2年かけてやっとお客様の好みが分かるようになって来た。同時に、仕事が楽しいと思えて来た。これからは、それをどう展開していくかが課題だ。
楽な仕事なんて何一つ無い。しかし、楽しくない仕事も何一つ無い。仕事を楽しく出来るかどうかは自分次第。自分の気持ち次第で仕事はどんどん変わる。自分の望んだ職種じゃないからとか、自分は向いていないからとか考えているようでは一生仕事を楽しいと思えることはないだろう。
今の仕事に就いているという事実は何かの運命であり、決して偶然などではない。例え自分の望んだものでなくても、また自分の思っていたものと違っても、とにかくやってみることが大切だと思う。やってみなければその仕事の厳しさも楽しさも知らないままの人生である。
この仕事に就いていることには意味があるのだと信じ、何にでも挑戦してみることが本当の自分を発見するきっかけになるのだと、私はこの2年間で学んだ。