人が行う仕事の価値
第19回産業論文コンクール 優良賞
ニッタ株式会社 奈良工場 芦髙杏奈 氏
『 人が行う仕事の価値 』
『これからの企業・仕事を考える』というテーマで、2000字の論文を書いてください」
とchatGPTに入力すれば、一瞬のうちにそれらしい論文が作成されるだろう。
2022年11月に対話型AI chatGPTが公開されてから、一気にAIが身近になったように思われる。それまでは『AIを使って仕事をする』というのは、エンジニア主導の業務か、今ではない少し先の『いつか』の話だという認識だった。それがchatGPTの台頭により、すぐ目の前に開けていった。
chatGPTには下記の利点がある。
・操作性 ― 日本語の質問で回答を得られる
・即時性 ― 質問入力後、数秒のうちに回答を得られる
・知識の多種性 ― 多種多様な分野の知識や技術の回答を得られる
特定分野の概要をわかりやすく説明してもらうのもよし、アイデアやコードを生成してもらうのもよし。質問次第で多種多様な回答を数秒のうちに得ることができる。世界中で利用されており、様々なWebサービスと連携できるAPIも提供され、その影響度は日増しに拡大している。
AIが身近になった今、「人間が行うべき仕事、自分が行うべき仕事」とは何だろうか。少なくとも、chatGPTに質問して質問結果をそのまま処理するだけでは人間がする必要はなくなるだろう。逆に、「何をすべきか」がわかっていれば、AIに任せるべきものと自分で行うべきものの線引きが鮮明になる。
私は人事部で主に給与計算を担当しており、給与計算を題材として、AI時代での人間が行う仕事の価値を改めて考えてみた。
給与計算の仕事は、イレギュラーをどう処理するかという点が不変の課題である。イレギュラーがない場合は、給与計算システムで定型通りの処理をするだけであるため何の問題もない。しかし、人が関わるものである以上、必ずイレギュラーが発生する。組織構成、社内制度、税制や社会保険などに変更があれば、それらと整合性がとれるように給与計算の仕組みを調整する必要がある。月々の処理でも、急な退職や勤怠情報の不備といった、定型の枠に収まらない案件も発生する。
イレギュラーを滞りなく処理し、イレギュラーに対する対応策を検討し定型業務として給与計算の自動化の流れに組み込んでいく、ということが給与計算担当者の仕事だと考えている。給与計算の「勤怠情報の不備」というイレギュラーを例に検討した結果、AI時代に人間が行う仕事の価値は下記のものに集約されると言える。
① 課題の定義
現状の仕事に対し、改善すべき課題を設定し、施策を検討する。その過程で、多くの判断と知識が必要になる。何を解決すべき課題とするのか、人によって状況によって千差万別である。chatGPTに「勤怠情報の不備」の原因について質問したところ、コミュニケーション不足などの回答があった。当然ではあるが、情報保護のために質問内容に自社の情報を記載することはできず、またchatGPTのビックデータの中にそれらの情報は含まれていないことから、一般論としての回答になる。AIで可能性を列挙することはできるが、その中から自社の事案に即しているか判断できるのは人間にしかできない。
つまり、現状を改善するための課題の定義の起点となりえるのは人間だということだ。
② 個別の最適解に向けた深化
1つの課題に対するとりえる施策も1つとは限らない。「勤怠情報の不備」の課題が「コミュニケーション不足」だとしても、その課題にはいくつもの要因を内包していることがある。「システムの操作性」「人事から社員への期限のリマインド不足」「各部署内での勤怠処理の認識」もしくはそれらの複合など、施策を検討する切り口は事案によって異なる。
AIを使えば、数秒で課題に対する施策の回答を得ることができる。だが、その答えが常に最適解であるわけではない。あくまで、ビックデータを基にして機械的に生成されたものである。
AIが出した結果を、最適解としての施策に変化させるには、課題に適応するように深化させる必要がある。そして、深化させたものに対しさらに推敲を重ねて、最適解に近づけていく。もちろん、AIも同様に、膨大なデータを学習して精度を高めている。だがそれはあくまで汎用的な「解」を得るために行っている。個別の事案に対して、最適解に近づけるにはどうすればいいかという深化の点では、人間が行うべき仕事であると思う。
上記の2点が、AIが発展しても必要とされる人間の仕事であると考えている。
そもそも、AIが発展する前から重要なことでもある。例えば産業革命のような変革が起こる度に、多数の作業が自動化されて作業が単純化、効率化された。熟練した労働者の仕事の大部分が必要とされなくなったが、その中でも人が行うべき仕事とは上記の2点のような課題の定義や個別の最適解に向けた深化のようなものであったと思う。さらに言えば、産業革命を起こすエネルギーもここから発せられていると推察する。
AIの発展においてもそれは変わらず、いつの時代でも必要なものは変化への適応と変容だと思う。時代が変わり、技術が発達しても本当に必要なことは変わらないのではないか。
AIにでもなく、他人にでもなく、必ずこれは自分に問い続けなければならない。
「今をより良くするにはどうすればいいか」
これまでも、これからも、人が行う価値はそこにあるのではないか。