「伝える」から「伝わる」へ
第16回産業論文コンクール 優秀賞
奈良ヤクルト販売株式会社 石堂日菜子 氏
「伝える」から「伝わる」へ
私が「伝える」と「伝わる」の違いを実感したのは、この会社に入ってからである。
私は入社して1年になり、PR推進室という部署に所属している。一般的にPRとは“宣伝”というイメージが強いが、本来の意味は“Public Relations(パブリックリレーションズ)”で「組織を取り巻く人間(個人・集団)との望ましい関係を創り出すための考え方および行動のあり方である。」¹⁾この考えはアメリカから導入された考えだが、日本では1969年に加固三郎が次のように定義している「PRとは、公衆の理解と支持を得るために、企業または組織体が、自己の目指す方向と誠意を、あらゆる表現手段を通じて伝え、説得し、また、同時に自己修正をはかる、継続的な対話関係である。自己の目指す方向は、公衆の利益に奉仕する精神の上に立っていなければならず、また、現実にそれを実行する活動を伴わなければならない。」²⁾とある。ここで注目したいのは、‟対話関係”つまり、双方向のコミュニケーションを行っていくことである。伝えたい情報を一方的に伝える“宣伝”とは異なっている。
私たちPR推進室は、健康応援企業として自治体や老健施設等を対象に奈良県内の各地で健康教室(健康にまつわる講義)を行っている。講師としての当初は“宣伝”つまり、一方的に伝えることに必死になっていた。そのため、「目をそらす方」「うつむく方」等すべての方が聞いているわけではなかった。ある時、先輩方の講義を聞く機会があり唖然とした。聞いている方は話に引き込まれ、大きく頷き、笑いも生まれていた。その時、「伝える」だけでは一方通行になり「伝わる」ことを考えないと聞いてもらえないことを確信した。また、「伝わる」ということは相手に内容を理解してもらうだけではなく、聞きたい・行動したいという気持ちを引き出せば伝わると私は思った。そこで、先輩方と自分の相違点を挙げ、「伝わる」話し方を考察したいと思う。
「伝わる」話し方は以下の4点であると考える。
1.相手とのコミュニケーションをとりながら行う
人に何かを話す時、自分の伝えたいことが一方的にならないよう、心掛ける必要がある。先輩方が行っていたのは、問いかけと呼びかけを行うことだ。相手が問いかけに正解することによるモチベーションアップや、名指しで呼ぶことによって聞く姿勢に自然になれ、相手の反応をみながら話すことで理解しているかどうかの確認にもなる。対話をすることで双方向のコミュニケーションが図れ、一方的にならずに伝えることができる。
2.自分の強みを活かす
同じ内容でも話す人によって違う伝わり方になってしまう。同じように話してみても、違うニュアンスや表現になってしまったことがあった。このようなことが起こるのは、自分に合った話すスピード・表情・ジェスチャー・声のトーンや大きさがあるからだ。そのため、自分が同じように話すのではなく自分が表現しやすい話し方で話すのが最善である。つまり、自分の強みを活かし、伝えられる方法で話すことで相手に「伝わる」と考えられる。
3.ニーズを考える
自分の言いたいことのみ主張しても、相手が望むものでなければ聞いてもらえない。そのため、相手が求めるものは何か?相手の心が動くように考えることが重要である。聞きたいこと・知りたいこと・困っていることの最善策についての内容をするというように、 “あなた”にとってのニーズを考える。無論、目的を設定することも忘れてはいけない。目的として、何が言いたいかを明確にしておかなければ、伝えたいことも伝わらない。要するに、ニーズを考えた内容で実施することは、聞いてもらえる第一条件となり、さらにしっかり目的を設定しておくと、何が伝えたいか明確となり、聞きやすく「伝わる」話し方になるのではないかと考えられる。
4.フィードバックを行う
常に自己を客観視するためにフィードバックは必要である。何に対しての反応が良かったか、理解しやすい言葉選びであったかはニーズを考える面でも役立ってくる。料理の説明で例えると水「5㏄」と言うよりも「小さじ1杯」の方が分かり易い。しかし、小さじ1杯でも理解できなかった場合はまた他の言葉を考える。このように、次に実施するときの改善点とする。そうすることにより、「伝える」ことに必死にならずに、客観的に見ることによって、理解できる内容になる。つまり、「伝わる」内容になると考えられる。
上記の4点を踏まえ、老健施設の従業員の方に向けて健康教室を行ってみた。まず1点目については、コミュニケーションをとりながら行うため、多数いる中1人と会話形式で行うことにした。2点目については、強調したい時にゆっくりと大きな声で、ジェスチャーとしてスクリーンを叩き、伝えられる方法で行った。3点目については、目的は健康法を知っていただくこととし、 “あなた”にとってのニーズを考えながら、会話の中で知りたいことがあれば詳しく説明を行った。4つ目については、対象が施設の従業員の方であったため、次回はもっと専門的な話(医学的・栄養学的要素)を取り入れるつもりである。今回は1人との会話形式であったが、以前まで聞いてもらえなかった私が、自然と周りの方にも聞いていただけ、「聞きやすかった!」「わかりやすかった!」「また他の話も聞いてみたい!」「今日からしてみる!」という声がいただけるようになった。これは、「伝わる」ことを意識したからである。また、自分が行った健康教室で喜んでいただけることは、やりがいでもある。さらに、健康教室のような社外に対してだけでなく、社内でも「伝わる」ことは重要である。仕事においては情報伝達能力が求められる。専門的な知識・迅速な対応・業務の引き継ぎ等の情報伝達を行う際、まず伝わることが必須になってくる。なぜなら、専門的な知識は誰かに伝わること、又は理解してもらえることで価値のあるものになる。また、何か問題が発生した時に上司に報告する際、うまく伝わることで迅速な対応ができる。引き継ぎもまた、うまく情報伝達が成り立ってこそできるのである。つまり、「伝わる」ことが、仕事の基礎であるとも考えられる。また、自分の意思が相手に伝わる能力を身に付けることも、個々のエンパワーメントが高まっていくのではないかと考えられる。
「伝える」と「伝わる」は同じ意味のようで、全く違う。私が挙げた相違点だけではなく、どのようにすれば「伝わる」のかを自ら考え、お客さま・上司・仕事の仲間に対しても双方向のコミュニケーションをとることは大切であろう。現在、コロナ禍で従来と同条件で健康教室を実施することは難しい。しかし、オンライン活用等「伝わる」方法を考えていきたい。今後も日々変化する情勢や環境に適応し、PR推進室の一員として会社に貢献し、また自分へのチャレンジを続けていきたい。
【参考文献】
1)(公社)日本パブリックリレーションズ協会(2019)『広報・マスコミハンドブック㏚手帳2020年版』アーク出版
2)加固三郎(1969)『㏚戦略入門』ダイヤモンド社