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客観視によるものづくり

14回産業論文コンクール 努力賞
 株式会社精和工業所  小原 凌 氏

 

「客観視によるものづくり」

  1. はじめに

     近年、我が国はものづくりにおいて過激な競争が迫られている。1990年以降、世界では情報技術の発展で急速にグローバル化が進展していった(※1)。それにより、日本企業は海外の強豪勢力を相手に市場を確保しなければならない状況となった。こうした状況で顧客を確保するためには、いかに市場のニーズを満たしつつも、低コスト・短納期対応・高品質を満たせるかが重要といわれている(※2)。そこで、今の日本のものづくりに必要なのは、「客観視」だと私は考える。                      

     客観視とは、主観から離れて物事を見たり考えたりすることである。平易に言うと、他者の立場になるということであり、ビジネスにおいて必要不可欠なスキルともいわれている。なぜ客観視が重要かというと、グローバル市場での発展に必要な上記の3点に、大きく関わると考えているからである。

     本論では、ものづくりの要である設計という観点から、客観視の重要性を自身の体験を交えつつ示す。設計での客観視が関わる場面として、本論文で取り上げるのは下記の3つである。

  1. 詳細設計

  2. 資料作成

  3. 報告・連絡・相談

    以上の3点を第2章以降にて説明していく。

     

  1. 詳細設計における客観視

     製品の構造や組立方法を考える際、いかに客観的立場に立てるかでコストや工数が変わってくる。ここでいう客観的立場とは、実は顧客ではなく製造者である。そもそも製品とは、製造者によって様々な加工が施されて、その形を成すものだと私は考えている。ゆえに、その製造プロセスの内容こそが、製品のコストや納期に最も関わってくる(※3)。もし、設計図が極めて加工・組立し難いものだった場合、製造者に多大な負担がかかってしまい、製品の完成に余計な時間を費やしてしまう。工数がかかるということは、納期に遅れる可能性が高まるということであり、同時にコストの上昇にも繋がってしまう。

     これは自身の経験談だが、あるタンクの設計を担当した際、タンク底の外側から冷却器を接続するための大きな凹部を設計する必要があった。そこで、事前にタンク底へ穴を開けた上で、板金加工による四角形状のカップを溶接するという方法を考えた。しかし、ここで上司のアドバイスから冷却器を接続する際、カップ底にある冷却器との接続部が見えなくなるという問題が発覚した。実際に製造者の立場で考えてみると、接続部がどの位置にあるのかが把握できなかった。仮に設計図をそのまま使用していれば、製造者は余分な確認・調整作業を強いられていたところである。これは工数・コストの増加に繋がってしまう。そもそも、製品が成り立たない可能性もあり、設計では一か所のミスが命取りになることを改めて学んだ。

     製品設計において、構造・組立方法を考える際に重要なのは、製造者という他者の立場に立つことである。製造者の立場から製品を見れば、どういう組立方法が容易で、どういう構造が製造し難いかを考えることが出来る。上記の例ならば、見えなくても容易に接続できるよう、位置決め穴を設けるといった工夫ができる。このような客観視が、結果的に作り易い製品を実現でき、コスト・工数削減に繋がるのである。製造者も設計者にとってはお客様だと思うことが、より良い製品を製作するために必要なことだと私は考える。 

  2. 資料作成における客観視

     業務上で作成する資料(図面、仕様書など)は、自分以外の人に見てもらうものであるため、客観視が非常に重要となると私は考える。特に、製品の製造に用いる図面は工数や品質に大きく関わっているため、理解し易いものでなければならない。もし、理解し難い図面だと製造者に誤解を与えてしまい、設計者の意図とは異なる製品が作られてしまう。これは納期遅延や誤った製品の納入に繋がり、さらには要求仕様を満たせないことによる品質低下にも繋がる。

     私自身の失敗談だが、入社4か月目に板金部品を展開した図面から、実際に曲げ加工した際の図面を作成する業務を任されたことがある。当時の私は寸法の漏れや計算ミスなどを起こさないよう、注意深く参考図面を見ながら業務を進めていた。ところが、上司に検図してもらった際、製造者に誤解を招くような部分が多々あったことが判明した。私の場合、寸法線と外形線が混在していたり、寸法配置の悪さから構造を勘違いしてしまうといった問題が生じてしまった。もし、この図面をそのまま用いていれば、本来の仕様とは異なった製品が作られていたかもしれない。仮に不良に繋がらなかったとしても、理解しづらい図面は製造作業を遅らせ、納期遅延に繋がる恐れもあっただろう。

     資料はいかに他者の立場になって作れるかが重要である。例えば、図面であれば製造者から見ても明確に理解できるような線引きを行う。具体的には、線同士の間隔を開けて混在を防いだり、かえって見づらくなる隠れ線は削除する。読み手を考慮した図面作成を行えば、製造も正確に行われ、トラブルを防ぐことができる。仕様書などの資料も同様で、誰が見ても理解できるように内容を構成すれば、理解しやすい資料となる。こういった客観視によって生まれる資料は、読み手の理解を促し、業務効率や正確性の向上に繋がる。効率の向上は、間接的に短納期対応や低コスト化に貢献し、正確性の向上は製品の高品質化に繋がる。このことから、資料作成における客観視は非常に重要であると私は考える。 

  3. 報告・連絡・相談における客観視

     ビジネスでは、報告・連絡・相談が日々行われている。設計においても、これらは欠かすことのできないものであり、設計を正確に行ううえで重要となっている。こうした場面でも、客観視を意識することが重要ではないかと私は思う。何故ならば、情報伝達の正確性という点で、製品の品質に関わると考えているからだ。

     実際にこの考え方に至ったきっかけとして、報告と連絡における自身の失敗談を取り上げる。入社2か月目より、私は週1回の報告会で自身の業務状況に関する報告を行っていた。しかし、当時の私は報告内容が主観的だったため、自身の業務状況を周りが理解しきれるものではなかった。実際に上司から指摘をいただき、報告を受ける人たちが何を知りたいのかを考慮しておくことが重要だと理解した。

     他にも、電話応対を引き継ぐ際に会社名を省略して連絡してしまい、別会社と誤解させてしまった経験がある。これは、自分だけしか会社名を聞いてないにもかかわらず、連絡相手を考慮せずに言葉を変えてしまった結果である。上記のような主観的な報告や連絡は、時に重大なトラブルに発展することがある。特に、伝言の際に生じた言葉の誤りは、仕事において非常に危険なものだと私は考えている。仮に、設計仕様の変更を担当者に連絡することがあったとする。ここで、自分以外の人が誤解を招くような伝え方をしてしまうと、本来の設計とは異なる製品ができてしまう恐れがある。これは、客先の要求仕様を満たせていないという意味で、製品の品質を下げることになってしまう。ゆえに、報告・連絡・相談においては客観的視点から伝える内容を考え、誰が聞いても正確に理解できるよう努める必要があると私は思う。客観視を意識して報告・連絡・相談を実行することが正しい設計に繋がり、高品質な製品を実現する。 

  4. 結論

     前章までの内容から、客観的になるということには多くの可能性が秘められていると私は考えている。ものづくりにおいても、その可能性には多大な恩恵があり、これからのグローバル社会を生き抜いていく上で重要なファクターとなるだろう。しかし、客観的になるというのは決して簡単なものではない。私自身も出来る限り客観的に物事が見られるよう、自分以外の人達の立場に立つことを意識してきた。しかし、客観的に考えていたつもりが主観的になっていたり、他者の視点からどういう見え方がするのかが想像出来ないことが多々あった。これは、自身の客観視する経験や考え方の幅を広げる体験が少ないからだと私は考える。実際に、客観的な考え方をするには普段から客観的な見方をする癖をつけたり、自分とは異なる価値観を持った人と触れ合う経験が必要という意見がある。しかし、私はこれまで客観的に物事を見ることが少なく、多種多様な人間関係を築いていたわけではなかった。それが客観視をうまく出来ない原因だと私は思う。このように、客観視とは容易に出来るようになるものではない。それでも、私はこの客観視に大きな意義を見出しており、今後の設計にて大いに活かしたいと考えている。この客観視を己のものにし、製造者や顧客の立場に立てるような設計者を目指していきたい。そして、グローバル社会でも戦えるような製品を設計し、日本のものづくりを支えていきたいと強く思う。

    (参考文献)

    ※1 濱本 正明、後藤 正幸、松山 克守、“グローバル製造業のコストモデルとその実装”、ビジネスモデル学会(2002)

    ※2 小島 史夫、 “デンソーにおける生産システム技術の現状と展望”、デンソーテクニカルレビュー Vol.9(2004)

    ※3 山際 康之、“組立性・分解性設計”、精密学会会誌 Vol.74(2008)

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