これからの企業・仕事を考える~試験業務を担う自覚~
第13回産業論文コンクール 最優秀賞
佐藤薬品工業株式会社 末吉哲子 氏
「医薬品」と聞いて、どんなイメージを思い浮かべますか?
服用することで病気が快方に向かう、不足した栄養素を補うことで健康を保つ、さらには病気を未然に防ぐなどの前向きな印象を抱くことが多いのではないでしょうか。一方で、決められた用法・用量を守らなければ健康に害をなす毒にもなりうる怖いものであるという印象を抱く人もいるでしょう。「医薬品を決められたとおりの用法・用量を守って正しく服用していれば、病気は良くなるはずだ」という多くの人が考える当たり前を守ることこそ、私が所属する品質管理部の仕事であり、使命であると考えます。
私の働く佐藤薬品工業株式会社は主に医薬品の受託製造を行っています。製薬会社と聞いて思い浮かべるような、新薬の開発や新たな薬効を持つ成分の研究ではなく、他社から委託された医薬品の加工・製造を行い、良い品質の医薬品をより早く、より安く、安全にお客様に届けることが私たちの仕事です。
品質管理部では日々様々な試験業務を行っており、とりわけ医薬品の品質と安全性を守る役割を担っています。入荷された原料がきちんとその成分を含んでいるか、不純物が含まれていないかを試験する原料試験、製造工程を経て医薬品として形作られたものが製品として出荷可能な品質であるかを試験する製品試験、添付文書や包装に情報の誤記載や不備がないかを試験する包装品試験、製品として世に出た医薬品が有効期限までその効果が衰えることなく安全であるかを試験する安定性試験などがあります。
昨年の4月に入社し、新入社員研修を終え、原料試験グループに配属されて約1年が経過しました。現在は、日々入荷される原料をあらゆる角度から試験し、誤って異なる原料が入荷されていないか、余計な成分が含まれていないかなどを厳しい目でチェックしています。
試験業務は料理と共通するところがあると感じます。キッチンで料理をする場面を想像してみてください。そこには様々な食材や調味料が並んでいます。では、その中に白色の粉末はいくつ思い浮かべることができるでしょうか。砂糖や塩、小麦粉、重曹など色々なものが挙げられると思います。見慣れたものであればどれかを見分けることは他愛無いことでしょう。しかし、もし見分けがつかなければ、たとえ絶対に失敗しないレシピが用意されたとしても美味しい料理を作ることは難しいのではないでしょうか。
医薬品製造も同じです。正しい製造の手順が定められていたとして、間違った原料を使ってしまっては良い品質の製品は作れません。原料試験はこの白色の粉末を間違いなく砂糖や塩であると断定するために必要な工程であると私は捉えています。
社会人となってからの約1年半で、仕事を行う上で大事だと感じた点が3つあります。
①試験に対して誠実、正直であること
冒頭で述べた「医薬品を決められたとおりの用法・用量を守って正しく服用していれば、病気は良くなるはずだ」という考えは、その医薬品に必要な量以上でも以下でもない量の成分が含まれており、体内で正常に作用するほか、誰もが正しく使用できる情報が過不足なく記載されていることが前提でなければ成り立ちません。そのため、医薬品の品質を確かめるための試験業務で手を抜くこと、結果を捻じ曲げてしまうことは絶対に許されてはいけないのです。
医薬品製造にはGMPという厳しい基準が設けられています。原料の入荷から製品として出荷し、医薬品の使用期限を終えるまで、すべての工程の記録を追跡できなければなりません。そのためにも、試験業務では決められた試験方法を正確に行い、正しく記録される必要があります。仮に原料や製品試験で規格に適合しなかった場合、まず試験がきちんと実施されたかどうか、その真偽が確かめられます。試験に誠実、正直であることは自分自身がきちんと試験を行ったという証明にもなるのです。
これまでも、化血研(熊本県)の不正製造問題や山本化学工業(和歌山県)の無届の原材料の混入問題など、医薬品関係のニュースが取り沙汰されてきました。万が一、医薬品製造工程のどこかで不正がなされていれば、それはいずれ世間に公表され、会社の信用はなくなり、お客様が離れてしまうだけでなく、医薬品業界全体への不信感を生む可能性もあります。自分の仕事に胸を張れるよう、人の命に関わる医薬品を扱うという自覚を常に持ち、誠実、正直に仕事に取り組まなければいけないと強く感じました。
②期限を厳守すること
より早く、より安く医薬品を届けるために、試験業務も期日を守って行われなければいけません。試験が期日を超えてしまえば、その後に待つ工程すべてに遅れが出てしまい、フォローのために他部署に要らぬ負担をかけてしまいます。また、受託加工を主に行う当社では取引先との信頼関係がとても重要になります。ほんの少しの遅れであってもそれに伴う損失は大きく、自社だけにとどまらず、委託先の会社にも多大な影響が出てしまいます、そのためにも正確な試験を行うことはもちろん、試験の準備や操作、用いる試薬や器具などに無駄が生じないように計画性をもつこと、効率を上げるために試験を行いやすい環境を整える備品管理や事務作業などの業務を怠らないことも重要であると気付きました。
③分からないことを分からないままにしない
取り扱う原料の種類や試験項目は多く、約1年間試験業務を行ってきてもまだまだ初めての試験はたくさんあります。事前に試験方法を確認し、流れを想定して試験を始めますが、やはり考えることと実際に行うことには相違が生じてしまう場合があります。
一人で試験業務を担当するようになっておよそ半年が経った頃、初めての試験で小さなミスを繰り返し、何度も試験をやり直さなければいけなくなりました。忙しくしている先輩方にちょっとした事を聞くのは心苦しく、なんとなくこうすれば良いだろうという思い込みが生んだ結果で、後から思えば、一言確認を取っておけば未然に防げたほどの些細な原因ばかりでした。しかし、先に述べたように試験の記録はすべて残さなければいけません。ちょっとしたミスが原因でも、試験をやり直すためには原因究明をした上で上司に書類を纏めてもらう必要があり、結局余計な手間と時間を割いてもらうことにかえって申し訳なさが募りました、それ以来、分からないことはあらかじめ確認を取ってから試験を行うことを心掛けるようにしています。これまでの経験から応用したり、やり方を調べたりして自分で考えて仕事をすることは自己成長のために必要不可欠ですが、考えたことが間違っていないかを確認し、あらかじめ防げるミスを防止することも大切であるとこの経験から学びました。
品質管理部の仕事は大きなプロジェクトを成功させたり、新製品を世に生み出したりといった目立つ仕事ではありません。毎日コンスタントに試験を行うどちらかといえば裏方の地味な仕事です。試験がうまくいってもそれで褒められることはほとんどありません。それが当たり前だからです。しかし、その当たり前が守られていることこそお客様に安心して使用してもらえる製品が届けられているという何よりの証拠になります。
ものづくりの先には、必ずそれを使う人がいます。品質管理部の業務では、その実際に医薬品を使うお客様に直接関わる機会はなく、常に身近に感じるということは難しいです。そのため、仕事でつらいことがあるときや仕事の意義が分からなくなってしまうときには家族や友人などの身近な存在を思い浮かべるようにしています。大切な人たちにこの医薬品を安心して服用してもらいたい、そう胸を張って差し出せるようなものづくりをすることを思い出させてくれるからです。これまで気付いたことを心に留め、これからも地道に日々の業務に取り組み、良い品質の医薬品をより早く、より安く、安全にお客様に届けるという使命を果たしていきたいと思います。