受話器から伝わる心
第12回産業論文コンクール 最優秀賞
奈良ダイハツ株式会社 荻田優里 氏
「笑声」という言葉をご存知だろうか。声から笑顔が想像できるような明るい声のことを指した造語である。
言葉の意味が複数とれるメッセージを受け取った場合に、その受け手が何から判断するかを実験した「メラビアンの法則」によると、人はメッセージの印象を見た目55%、声38%、言葉7%で判断しているという。印象の判断材料の半分を見た目が占めているならば、表情や身だしなみに気をつけることが大事だ。しかし、電話という伝達手段においては何よりも「声」が重要になる。
私は現在入社3年目で、ディーラーの店舗事務スタッフとして受付、来客応対、経理全般等の一通りの業務に携わっている。中でも電話を取る機会は多く、お客様や取引先からの担当への取り次ぎや、点検や車検の予約、車の購入に関する問い合わせ、車の不調による整備面での質問など、その内容は多岐に渡る。電話口では、これにできる限り簡潔かつ正確に対応することが求められる。
初めて行く飲食店や美容院に予約の電話をかける時、誰もが少し緊張するであろう。我々が取る電話の向こうには、そんな気持ちのお客様がいるということを念頭に置く。
電話応対の印象向上の為に私が心がけていることは、以下の3点である。
1.表情
「明るく感じのいい第一印象をつくる為には表情から」。口角が上がっていると、脳が楽しい会話をしていると錯覚し、声のトーンが穏やかになるとともに印象のいい声が自然と出るのだという。これが冒頭で述べた「笑声」である。電話越しであっても、表情は伝わるもの。マニュアルは大事だが、淡々とした口調では事務的な印象しか与えない。
勿論、内容によっては笑顔がふさわしくない場合もあるので、その場その場に合った表情でなければならない。また、私は比較的声が低く通りにくいと感じているので、その分トーンを上げ、はきはきと話すよう気を付けている。
2.心で聴くという姿勢
最も大事なのはおもてなしの心を持って接することである。表情が見えない分、相手の状態を頭の中でイメージする。
業界用語など専門的な言葉は避けるようにしている。車業界の場合は整備内容や車の部品、仕組み、システムなどにカタカナの専門用語が多い。相手が同程度の知識を持っていれば成立するが、そうでない場合は理解していただくまで時間がかかってしまい、また誤解を招く恐れもある。できる限り、誰にでも通じる言い回しをするように心がけている。
また、相手の間違いを指摘したり否定することも避けるべきだ。言い方一つで気を悪くされることもあるので、仮に間違っているとしても相手が気持ちよく話せるよう配慮することも気配りの一つと言えるだろう。
以前、事故にあったというお客様の電話を取った。夜で辺りも暗く、どうしたらいいかわからないと大変不安気で少し混乱気味のお客様。そんな時ほど自分は落ち着かなければと、まずは状況をゆっくりとお伺いし、次にすべき手順をお伝えした。閉店時間は過ぎていたが、担当営業にも状況を伝え、電話を取った者として一緒に来店を待った。
傷だらけになった車と一緒に到着された時、お客様がおっしゃった言葉が今でも心に残っている。「あなたが電話の方ですか?丁寧に対応してくれてありがとう。本当に安心しました。」電話を取ることにはこんなにも責任があるのだと感じた。表情が見えない分、今どんな気持ちでいらっしゃるかを意識するようにしている。
3.気持ちの良い終話
終話の基本は、相手が不安に思った状態で電話を切らないようにすることだという。終話の印象が良ければ、相手はすっきりとした気持ちでいることができる。その為、相手に気持ちよく話を終えてもらうよう意識している。
相手の状況によって、終話で付け加える言葉を変えている。例えば、具合が悪くて予約のキャンセルをなさるお客様には「どうぞお大事になさってください。」と相手をいたわる一言を添える。また、再度電話をいただくお客様には「お電話をお待ちしております。」と付け加える。自分に置き換えて考えても、あくまで自分の話をしっかり聞いてもらえているのだという安心感があると思うからだ。「気持ちよく電話を終えていただく」という意識を持つことで、丁寧で好感度の高い印象を残すことができるのである。
勿論指摘を受けたこともある。当社ではCS(顧客満足度)向上の為のお客様アンケート調査を実施しているのだが、その中で「待たせる時間が長い」と書かれたことがあった。別のお客様からも、「うちの会社では、どんな問い合わせでも、確認して折り返すようにしてるで。そうしてみたら?」と、私の電話を受けた上で言っていただいた。待たされている方からすると、確認中の保留時間がこちらよりずっと長く感じるのだと気付いた。
それ以来、時間がかかりそうだと判断した場合は、折り返すと伝えるようにしている。
また当社では、電話応対コンクールにも積極的に参加している。コンクールでの審査内容は録音されており、後日データとして貰うことができる。また、日頃気付かない内に使ってしまっている癖や間違った言い回しを指摘される。自分の電話を聞く機会はほぼないので、これが非常に勉強になる。コンクールと実際の応対は確かに違うが、それをひとつのきっかけとして電話応対への意識が上がることが重要だと考える。
対お客様であれ、対企業であれ、電話をしないという会社はないだろう。社名を名乗って電話を取る以上、その電話においては自分が会社の代表であり、その電話の一本一本が会社全体への印象に繋がることを忘れてはいけない。「電話してよかった」「また話したい」そう思っていただけるように。顔が見えなくても伝わるものがある、その思いで私は今日も電話を取っている。