オペレーターの安全と機械設計
第11回産業論文コンクール努力賞
株式会社ヒラノテクシード 齋藤 賢一 氏
私は一般産業用機械の設計職として、実業務で約2年間に渡り設計業務に携わった。経験はまだ諸先輩方に比べて浅いが、どの仕事に関わっても「安全装置」は設計の難点且つ、重要な要項として取り扱われることを目の当たりにしてきた。一昔前では「怪我をして初めて一人前」などと、酷く誤った考えのもとオペレーターは厳しい労働環境を強いられてきたようである。しかし現代、特にここ数年間では、より確実にオペレーターの安全を確保できるような産業用機械の需要が増えており、また「如何に部下に怪我をさせないか」というのが管理職のステータスの一つともなりつつある。このような動きのある中、これから産業用機械を設計するにあたり、どのようなことを心がけて設計を行うべきか、また現在用いている安全装置・機構の改善すべき点について考えることとする。
まず、私がこれまでに携わった仕事の中で安全装置を要したケースを大きく分類すると、駆動周辺に設ける場合と、ニップ部に設ける場合とに分けられる。前者は安全機構とは分類するものの、駆動部一式をボックス化してしまい大きく取り囲むか、あるいは一部において露出している駆動軸等を要所的にカバーで覆うのが大半である。駆動部一式をボックス化する場合には、扉にスイッチ類を設けることが可能である。これらを設けておくことで、駆動部の点検等をひとりのオペレーターが行っている場合に、ライン運転開始の操作ができないよう、インターロックを掛けることができる。しかし一方で、要所々々にカバーを設ける場合には、そのカバーの開閉を機械に認知させる方法が極めて厳しい。周囲の人間の動き一つで誤動作を起こす可能性も否定できず、またそれほど多くの箇所に取り付けることは、後のメンテナンスや周囲での別作業への影響を考えると現実的ではないからだ。
続いて後者について考える。ニップ部へ設置する安全装置は、ユーザーによって見解が大きく異なる。シンプル且つ効果的に事故防止をするのであれば、指を入れられる隙間をなくすようにニップ部前後にバーを設ける方法や、そもそもニップ部には身体を近づけられないように、安全扉を設ける方法が有効であり、これらは極めて多くのユーザーにて導入されている。また安全扉を設ける場合には前述のようなスイッチによるインターロックを設けることで、カバーを開けている場合にはライン運転が入らないようにすることも可能であり、有用な面が多々ある。また別の方法としては、物理的なカバー類は実装せず、光電センサーなどの非接触センサーを用いる場合などもあった。これらは体積がさほど大きく無く、また直接駆動部を覆い隠しているわけではない為、メンテナンスなどの際にカバー類を取り外す必要がなく、作業効率を考えると極めて有用である。また最近では物理的な安全カバーに加えて、これら非接触のセンサーを設ける場合もあり、やはり安全に対する考え方はユーザー各々多岐に渡ることが分かる。
さて、これらの安全装置・機構は少なからず利点があるからこそ用いられているのであるが、その反面欠点も多々あるのが見受けられる。これらについて、どのような対処を行い、また客先へのより良い安全装置の提案を行うべきかについて考えてみる。例の前者として挙げた要所的な駆動カバーの場合であると、これらは既に記載の通り、一つ一つのカバーにセンサーを設けることが実質的に不可能に近いことが問題点として挙げられる。それに加えて、特にこれらのカバーが設けられる箇所は、オペレーターが操作を行う盤からは死角となることがほとんどである。このような箇所について対処をするのであれば、非常停止スイッチの数を増やすことが一つの案として有用であると考える。仮に駆動部での作業をする人がいたとして、複数の作業者が互いを目視できる程度の距離で作業を行い、またそれらに見合った間隔でこれらスイッチを設けることで、危急の際には非常停止をかけることが可能である。また、従来では限定的に設けていたカバーを、駆動ボックスの様にモーター等の駆動機器を含めて大きくカバーを設けるのも、一つの手立てであると考える。では例の後者の場合はどうだろうか。ニップ部付近に指巻込み防止用バーを設けると、確かに一見すると隙間は埋まっており、また何より低コストでの実現が可能なために大変重宝されている。しかしニップ箇所の直前・直後だけをカバーするこれらの機構は、ニップを行うその瞬間に指を挟んでしまう可能性が否定できない。このような箇所についてはスペース等を確保できるようであれば、別途記載のような安全カバーを用いて、ニップ箇所から大きく身体を遠ざけるような工夫をすべきではないかと考える。では安全カバーや非接触センサーを用いる場合の難点はどうだろうか。そもそも安全カバーは、大きな面を覆うことで、人体が危険エリアへ侵入しない為の機構である。そのために、カバーそのものが大きく、相応のスペースが必要であると共に、開閉作業の際にはより大きなスペースが必要とする。スペースの問題を解決するためには、これらの扉を直動で上下に動かす仕様に変更し、可動範囲を狭める、また重量の問題ではこれまで一般構造用圧延鋼材を用いて強度を増している箇所の、材料の見直しを行うなどの対処法が考えられる。しかし一方で、これらは設計・製造コストが余分にかかってしまい、構想の域を出ないことが現実である。合わせて、光電管などの非接触センサーについて考えると、これらは先に上げたような利点がある反面、通電がされていないと機能しない点が問題と言える。機械への通電がされていない状態でも一次圧縮空気圧が確保されているとニップ部を動作させることは可能であり、この際は挾み防止としては到底役に立たない。また大規模停電が発生した場合などには、センサー類が一斉に機能しなくなり、その瞬間で怪我をしてしまう可能性も拭えない。また経年劣化により故障をしてしまう可能性もあるが、そういった際には機械が完全に動かなくなってしまうようなトラブルを起こしてしまう可能性もあり、常にリスクが付き纏っていることが分かる。上記に挙げたような物理的なカバーや非接触センサーを用いる方法は、現在のところ明確に提示できる代替案を持ち合わせておらず、設計人生の中で永遠に付き合っていかないといけない課題の一つであると考える。
改めて記載すると、安全装置・機構は極めて重要な項目であり、また重要であるからこそ設計期間の終盤においての仕様変更が出てしまうと大変辛いものがある。これらの変更が後に延びれば延びる程に、製造コストや設計期間の問題に大きな影響を及ぼすからだ。またそのために客先と行うメールや承認図面のやり取りにかかるコストも無視できないのではないかと思う。そのために、これらの問題とは常日頃から向き合い、より良い策を、より早い段階で客先に提案をできるよう、心がけるべきであると考える。